料理をして感じた楽しさ 

料理をして感じた楽しさ 

料理って、作ってる最中よりも、「今日は俺が作るよ」って決めた瞬間が一番気持ちいいんですよね。 

以前は、やる気がある時に限ってですけど、妻に「今日は俺が作るから」って宣言してたんです。妻は最初、少し驚いた顔して、「本当に?」って聞いてくるんですけど、すぐに「じゃあお願いね」って笑顔になる。その顔見た瞬間、「よし、頑張ろう」って思うんです。 

ただ、料理って言っても、僕は全然料理できる人間じゃないんですよ。レシピ見ながら、妻に「これ、中火ってどれくらい?」とか「醤油大さじ1って、このスプーンでいいの?」とか、いちいち聞きながら作るわけです。 

妻は台所の端で、自分のコーヒー飲みながら、「うん、それでいいよ」とか「もうちょっと火を弱くして」とか、アドバイスしてくれて。完全に監督みたいな感じで見てるんですよね。 

「それって結局、妻の方が大変じゃない?」って自分でも思うんですけど、でも妻は楽しそうにしてるんです。「珍しいもの見てる感じ」って言われたことあります。 

最初に作ったのが、確か生姜焼きだったんです。豚肉の生姜焼きって、簡単そうに見えて、意外と難しいんですよね。豚肉を焼くタイミングとか、タレを入れるタイミングとか、全部妻に聞きながらやって。 

フライパンに油引いて、豚肉入れた瞬間、ジュワーって音がして、肉の匂いが立ち上がってくる。その匂いが台所全体に広がって、「ああ、料理してるな」って実感するんです。 

妻が横から「焦げないように、ちゃんと動かして」って言うから、箸で肉をひっくり返して。片面が焼けて、色が変わってくると、「おお、できてきた」って。 

で、タレを入れる時が一番緊張するんです。醤油と砂糖とみりんと生姜を混ぜたタレを、フライパンに入れた瞬間、ジューって音がして、甘辛い匂いが鼻を突くんですよね。それを肉に絡めながら煮詰めていく。 

「火を止めるタイミング、今?」って妻に聞いたら、 

「もうちょっと。タレがちょっとトロッとするまで」って。 

言われた通りにやって、皿に盛り付けて。白いご飯の横に生姜焼き乗せて、キャベツの千切り添えて。妻が「いいじゃない」って言ってくれて、それが妙に嬉しかったんです。 

息子が帰ってきて、「今日、父さんが作ったんだよ」って妻が言ったら、息子が「マジで?」って驚いた顔して。一口食べて、「普通に美味しい」って。 

「普通に」って付くのがちょっと引っかかるんですけど、でも美味しいって言ってもらえたのが嬉しくて。 

で、食べ終わった後に、僕が洗い物までやったんです。これ、完全に自己満足なんですけど、「料理は後片付けまでがセット」みたいな気持ちになって。 

フライパンと皿と箸を洗って、シンクをスポンジで拭いて、排水口のゴミ受けもきれいにして。全部終わって、ピカピカになったシンクを見た時、達成感があったんですよね。 

それを写真撮って、SNSに載せたんです。「今日は料理して、洗い物までやりました」みたいなコメント付けて。いいねが結構付いて、友達から「偉い!」とかコメントもらって、それがまた嬉しくて。 

ここで脱線するんですけど、料理の何が楽しいかって、過程なんですよね。 

食材を切る音、フライパンで焼ける音、煮える音。匂いが変わっていく過程。最初は生の肉の匂いだったのが、焼けると香ばしい匂いになって、タレが入ると甘辛い匂いに変わる。 

それを見てると、「料理って化学なんだな」って思うんです。熱を加えることで、素材が変化していく。色も、匂いも、味も。それを自分の手でコントロールしてる感じが、面白いんですよね。 

妻に「次は何作ろうかな」って聞いたら、「カレーとか?」って。 

「カレーって簡単?」 

「ルー使えば簡単だよ」 

って言われて、次の週末にカレー作ったんです。 

玉ねぎを切ってたら涙が出てきて、「これ、なんとかならないの?」って妻に聞いたら、「それが玉ねぎだから」って笑われて。目をしょぼしょぼさせながら、必死に切って。 

人参とじゃがいもは、妻が「そのサイズだと火が通りにくいから、もう少し小さく切って」ってアドバイスくれて。言われた通りに切り直して。 

鍋で肉と野菜を炒めて、水を入れて煮込む。アクが浮いてくるから、それをお玉ですくって。「アクって取らないとダメなの?」って聞いたら、「取った方が美味しくなるよ」って。 

ルーを入れた瞬間、カレーの匂いが部屋中に広がって。「これ、絶対美味しいやつだ」って確信するんです。匂いだけで分かるんですよね。 

出来上がったカレーを、ご飯に盛り付けて。息子が「今日もお父さんが作ったの?」って聞いてきて、「そうだよ」って得意げに答えて。 

「美味しい」って言ってもらえた時、また嬉しくて。 

で、またシンクをピカピカにして、SNSに投稿して。 

その頃は、週に一回くらいのペースで料理してたんです。パスタ作ったり、チャーハン作ったり。失敗することもあったんですけど、それも含めて楽しかったんですよね。 

パスタを茹ですぎてブヨブヨになったこともあったし、チャーハンがべちゃべちゃになったこともある。でも妻が「次はもっと上手くいくよ」って励ましてくれて、また挑戦する気になるんです。 

ただ、最近はめっきり料理しなくなったんですよね。 

「今日は俺が作るよ」っていう最初の一歩が、なかなか踏み出せなくて。 

朝起きて、仕事して、昼になって。妻が「お昼ご飯どうする?」って聞いてきて、「何でもいいよ」って答えて。気づいたら妻が作ってくれてる。 

夜も同じで。妻が台所に立って、夕飯の準備してるのを見ながら、「今日は俺が作ろうかな」って思うんですけど、結局言い出せないんです。 

面倒っていうのもあるし、やる気が起きないっていうのもあるし。妻が作ってくれるなら、それでいいかなって、甘えてるんですよね。 

でも、それが良くないなって、自分でも分かってるんです。 

妻だって疲れてるはずなのに、毎日料理作ってくれて。たまには休ませてあげたいし、自分も料理したいなって思うんですけど、その「よし、やろう」っていう最初のスイッチが入らない。 

この間、妻が「たまには作ってよ」って冗談っぽく言ってきたんです。笑いながら言ってたんですけど、ちょっと本気も混じってる感じで。 

「うん、そのうちね」って答えたんですけど、「そのうち」っていつなんだって。自分で言っといて、情けないなって。 

SNSに料理の写真を載せてた頃の自分と、今の自分、全然違うんですよね。あの頃は、料理することが楽しくて、達成感があって、家族に喜んでもらえることが嬉しくて。 

洗い物までピカピカにして、それを写真に撮って、「やったぞ」って気持ちになってた。 

今は、妻に頼りっぱなしで。申し訳ないなって思いながらも、行動に移せてない。 

でも、また料理したいなって気持ちはあるんです。あの、フライパンからジューって音がする瞬間とか、タレが絡んでいく様子とか、完成した時の達成感とか。また味わいたいんですよね。 

妻に「何作ろうかな」って相談して、「それならこうした方がいいよ」ってアドバイスもらいながら作る。あの時間が、実は楽しかったんだなって、今になって思います。 

料理って、食べる人のために作るものですけど、作ってる自分自身も楽しめるんですよね。過程を楽しんで、完成を喜んで、食べてもらって喜んでもらう。その全部が、料理の楽しさなんだなって。 

だから、また「今日は俺が作るよ」って言いたいんです。妻の「本当に?」って驚いた顔と、「じゃあお願いね」って笑顔を、また見たい。 

「そのうち」じゃなくて、近いうちに。 

そう思いながら、また妻が作ってくれた夕飯を食べてる自分がいるんですけどね。でも、本当に近いうちに、やります。 

[あす楽になる男の料理]

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